バブル最盛期と崩壊後の消費者金融

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バブル最盛期と崩壊後の消費者金融

 バブル最盛の頃の日本は、まるで熱病に翻弄されていたようでした。急激としか言いようのない上昇を続ける土地価格に、人々は狂喜します。極端なケースでは、数ヶ月の短期間に50%程の地価上昇がみられた地域もありました。「土地は必ず値上がりする」この土地神話を信じて「今この時期に土地を買わないと損をする」と考えた人達は、土地投機に殺到したのです。当時は、この土地神話に踊らされた銀行をはじめとする金融機関も、地価上昇による担保に支えられて積極的に融資に乗り出していました。このバブル最盛期には、東京23区内の土地の総額でアメリカ全土が買えたとまで言われていたのです。

 しかし、バブルは崩壊します。これ以降、多くの不良債権を抱えた金融機関が次々に破綻していったのは記憶に新しいところです。メインバンクの破綻によって、連鎖倒産する企業が相次いだのもこの頃でした。生き残りをかけた他の金融機関は、自己資本比率を満たす為に、過剰に貸していた企業向け融資の回収に向かいます。早急に融資を引き上げる為に行われた、強引とも言える「貸し剥がし」は多くの企業の経営を圧迫して景気後退を加速させたのでした。バブルから一転、日本は出口の見えない大不況に見舞われます。

 この影響は、勿論一般市民をも直撃します。好景気の時には大量雇用していた企業も、やむを得ず雇用縮小を打ち出したのです。バブル景気崩壊に陥った1991年には約84万人だった企業の新規採用は、1997年には半分以下の約39万人まで落ち込んでいました。一時期、社会問題にまでなったサラ金と呼ばれた消費者金融が急成長した背景には、こんな経済状況が影響していたのです。

 当時、連日のように消費者金融のテレビコマーシャルが盛んに放送されていました。これらのコマーシャルは一様に明るく楽しいイメージだったように記憶しています。テレビで昼夜問わず繰り返し放送される消費者金融のCMは、私達にごく気軽にお金を借りられると言うメッセージを伝えていたのです。不況に伴って生活資金に困窮した人達は、この消費者金融で融資を受けて急場をしのぎます。ピンチを切り抜けた人達は一時的に安堵しますが、一ヶ月後には返済日がやってくるのです。これが更なる苦悩と困窮を生み出す事になるスタートラインだったのです。

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